アリオス・チェンバロ物語

2010.10.14

アリオス・チェンバロ画像1

芸術の秋、満喫していますか?

この秋は、いわきアリオス所蔵のチェンバロの音色を気軽に、しかも超お得に楽しめる企画が目白押し。10月19日(火)、20日(水)に行われる「カスケード交流コンサート」と「おでかけアリオス」に続いて、11月14日(日)から来年3月12日(土)まで4回にわたって「チェンバロ体験付きミニ・コンサート」が開催されます。

そこでこのコラムでは、公演をより楽しむために、いわきアリオス音楽プロデューサー足立優司が、チェンバロの歴史と、いわきアリオス所蔵の楽器についてご紹介します。(編集部)

「チェンバロ」とは?


17、18世紀のヨーロッパ音楽、それはちょうど音楽史上では「バロック音楽」の時代に当たるのですが、このバロック音楽について語るとき、その頂点に位置しているのが「チェンバロ」という楽器であることに異論を挟む人は少ないでしょう。ちなみに日本ではちょうど江戸時代、バロック音楽の象徴的作曲家であるヨハン・セバスチャン・バッハは、八代将軍徳川吉宗と1歳違いの1685年生まれです。

グランド型(平型)の鍵盤楽器で、ピアノのように弦をハンマーで「叩いて」音を出すのではなく、ギターや日本の筝のように弦を「はじいて」音を出す機構を持つ楽器の総称を「チェンバロ」といいます。「チェンバロ」というのはイタリア語(及び、その言葉を取り入れたドイツ語)で、英語では「ハープシコード」、フランス語では「クラヴサン」といいます(ここでは以下チェンバロと表記します)。その起源は、木製の箱(筐体)に弦を何本も張り、指の爪でそれをはじいて演奏する「プサルテリウム」という中世に演奏されていた楽器に遡ることができ、のちにそれに鍵盤をつけたものがチェンバロといわれるようになりました。ですから、チェンバロは「撥弦楽器(はつげんがっき)」――弦をはじいて音を出す楽器――です。

歴史上、最初のチェンバロはいつ作られたのでしょうか? 記録では1397年にオーストリアで作られた楽器にまで遡ることができます。その後、14〜15世紀にイタリア(のちにドイツに伝播)やフランドル(オランダ、ベルギー)で楽器が作られ、やがてフランスやイギリスにも伝わり、それぞれ独自の発展を遂げていきました。

チェンバロの構造

発音原理は、筐体に真鍮や鋼製の細めの弦を張り、水鳥の羽の軸を削ってつくった爪(プレクトラム)を仕込んだ「ジャック」と呼ばれる拍子木のような部品を弦の数(=鍵盤の数)だけ備え、鍵盤を押さえると「てこの原理」でジャックが跳ね上がり、弦を下から爪ではじいて音を出すというものです。弦の振動が途中に設置された「コマ」から「響板」へと伝えられ、美しい音へと拡大されるのです。初期の楽器は持ち運びにも便利な軽くて小型のもので、小さな三角形のものや長方形のもの、弦の張り方も現在のものと違うものなど、さまざまな形の楽器が作られました。現在でもその発展した姿を見ることが出来ます(小さな三角形で弦が斜めに張ってあるものはスピネット、長方形で弦が真横に張られているものはヴァージナルと呼ばれます)。

その後、縦方向に弦の張られた楽器が作られるようになり、楽器自体も豪華な装飾が施されたケースに収められるようになります(ケースはそのうち楽器そのものと一体化して造られるようになります)。17世紀に入って、現在のような2段鍵盤のチェンバロがフランドルで作られ、それがフランス、イギリス、ドイツへと広がって発展し、バッハ一族が活躍したバロック時代に全盛期を迎えるのです。

「爪で弦をはじく」という構造上、チェンバロは鍵盤の押し方(押す力)を変えるだけでは音の強弱をつけることが困難です。そこで「ストップ」と呼ばれる、何種類かの弦をひとつの鍵盤に複数割り当て、いくつものジャックを同時に操作して複数の弦を同時にはじくという機構が開発されました。その組み合わせで音色や音量の多彩な変化をつけられるようになり、多彩な音楽表現を行うことができるようになりました。

さて、西洋では長さの単位として長らく「フィート」が使われてきました。1フィートはおよそ0.3メートルです。楽器における「長さ」は、「音程(どのオクターブか)」と同義に論じられることが多いのですが、中世に数多く建設された、キリスト教会の大聖堂に設置されている「パイプオルガン」では、まさに「パイプの長さ」がそのまま音程と直結していました。

このオルガン、巨大な構造なのでもちろんその場所でしか演奏できないうえ、パイプの長さもおいそれと変更はできない(大工事になってしまいます)ため、やがてその教会がカバーする地方の「音程」の基準となっていきました。その音程が415ヘルツ近辺の場合と、465ヘルツ近辺の場合があったため、バロック時代には音程の基準が統一されず、場合によってはまる1音ずれる、という場合もあったのです。この、オルガンに装備されていた、8フィートの長さの管を鳴らす音を「C音(=ハ長調のドの音)」とし、それがチェンバロを作るときの基準(鍵盤上で一番低いドの音)の高さ(実際にチェンバロには、真ん中のドがその1オクターヴ上になるように張られています)となりました。

ドイツでは、きらびやかな音色を出す4フィートの弦が元の音の1オクターヴ上の音を奏で、一方長く太い16フィート弦が1オクターヴ低い音を奏でるために、そして「共鳴」の原理を利用して音に深みと奥行きをつくるために備えられていったのです。

いわきアリオスに備えられているジャーマン・チェンバロにも「16フィート弦」が備えられています。それによりこの楽器の中には4フィート、8フィート×2本、16フィートという4種類の弦がひとつの音について張られることになりました。もちろん16フィート弦も、実際には真ん中のドに1オクターヴ上の長さ(およそ2.4メートル)を張っています。そのため楽器の大きさが、スタインウェイ・フルコンサートピアノとほぼ同じとなっています。

バッハが愛した音色を求めて
――いわきアリオスの16フィート弦付きチェンバロについて


モデル名:ツェル/ハス モデル(Zell/Hass 1754)
製作者:マティアス・クラマー(ハンブルグ、2008年製)

このモデルの楽器のオリジナルは現存していませんが、蓋だけ(大きさや角度などから16フィート弦付きの楽器の蓋であると判明しています)がハンブルクの博物館に現存しています。

この楽器に関しては、1754年に発行された新聞の掲示板広告(楽器の売買に関して)が残っており、それにはフライシャー氏制作の楽器と書かれています。ところがフライシャー氏はその30年前の1722年にはすでに亡くなっており、彼の未亡人がその後、楽器製作者のクリスチャン・ツェル氏と再婚してツェル氏が彼の工房を引き継いだという記録がある事から、この楽器も実際のところはツェル氏が制作したものではないかと言われています。

バッハと16フィート付きチェンバロの関係も、彼の死後ケーテン宮廷の楽器庫リストに、16フィートの楽器が1台あったことが記載されています。それとバッハや彼の息子たちが頻繁に出入りし、コンサートなどを行なったライプツィヒのツィンマーマン・カフェにあった楽器リストにも、もう1台16フィート付きの楽器があったという記録が残っています。ですから、当然バッハ自身も16フィートの楽器でオーケストラとの協奏曲や通奏低音などを演奏していたことは想像に難くないと考えられます。

ここからさらに考察を進めると、バッハがケーテン宮廷楽団の楽長時代に最新式のチェンバロをベルリンで作らせ、それを受け取るためにベルリンに出張していることがその旅行命令書から分かっています。その楽器こそが、ケーテンに残されている16フィート付きの楽器ではないでしょうか。そして彼はこの新しい楽器のために、音楽史上初めてのチェンバロ協奏曲である「ブランデンブルク協奏曲第5番」を作曲したとされているのです。そして、まさにバッハのライプツィヒ時代に楽器製作家として活躍したツェル氏やアルブレヒト・ハス氏ら北ドイツの製作家が作った楽器の音色は、当時のヨーロッパで作られたチェンバロのどれよりもバッハの演奏に適していた、という記録も残っていますから、16フィート弦の創り出す重厚な共鳴に支えられたきらびやかで典雅な響きこそ、バッハが愛した音色そのものといってもよいと言えるのです。

◆アリオスのチェンバロを聴こう!触れよう!
10/19(火)山名敏之チェンバロ on カスケード(入場無料!)

10/20(水)おでかけアリオス@安楽寺 山名敏之チェンバロ・コンサート(入場無料!)

11/14(日)チェンバロ体験付きミニ・コンサート(ワンコイン!)

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【おまけ】鍵盤楽器の家系(family tree of a keyboard instrument)

小学校の音楽室に行くと、必ず目にとまるピアノ。そう、実はわが国でもっともポピュラーで親しみ深い楽器は、ピアノでしょう。子どもたちの「習いたいおけいこごと」でも、不動の人気No.1を誇っています。

このピアノの「中身」をじっくりと見たことがある方は、意外と少ないのではないでしょうか。アップライトでもグランドでも、ピアノの蓋を開けると、まずたくさんの鋼鉄製の針金のようなものが目に入ると思います。これがピアノの「弦」です。ギターやヴァイオリンと同じく、ピアノも「弦」を振動させて音を出します。この「弦」を振動させる方法が、ピアノとギターとヴァイオリンでは違うのです、ギターは弦を「はじく」撥弦楽器、ヴァイオリンは弓で弦を「こする」擦弦楽器ですが、ピアノは実は、フェルトをギュっと固めた「ハンマー」で弦を「たたく」という構造を持つ「打弦楽器」です。このハンマーは、「てこ」の原理を応用して、鍵盤に連動しています。ピアノの進化の歴史は、このハンマーの構造の改良であったといえるほど重要な部分です。

もう一つ特徴的な部品が、弦の上にずらりと並ぶ“黒いカマボコ”=「ダンパー」です。ピアノの鍵盤と連動して動き、必要なところで弦の振動を止める役割を持っています。これらの「発音」機構により発せられた音は、弦の途中に設置された「コマ」から「響板」へと伝えられて、大きなコンサート会場全体に響き渡る美しい音になるのです。

現代のピアノでは、より大きく力強い音を出すためにこれらの発音機構が改良され、ピアノ内部に張られた弦の張力は2トンにも達します。それらを支えるために、鋼鉄製のフレームが装備されているのも特徴のひとつとなっています。

「弦をたたいて音を出す」というのが、ピアノの最も基本的な原理です。これは中世ヨーロッパで盛んに演奏されていた「ダルシマー」という楽器に遡ることができます。このダルシマーがハンガリーで独自に発展したものが、映画「第3の男」などでもその音色を披露している「ツィンバロン」です。このダルシマーに鍵盤をつけたものが、やがて「タンゲンテン・フリューゲル」という楽器になりました。この楽器は鍵盤を押すと、てこの原理によって鹿革を巻いた木片を飛ばして弦に当て、音を出すというものです。

一方、木片を飛ばすのではなく、直接鍵盤の先(楽器の中のほう)に金属でできた「タンジェント」という部品をつけて、そのタンジェントで弦を打つという機構の楽器も創られました、これが「クラヴィコード」です。鍵盤とタンジェントが直結しているため、鍵盤に加える力加減によって音を揺らす「ヴィヴラート」をかけることができるのが最大の特徴で、音量が小さかったのにもかかわらず、J.S.バッハを始め数多くの大作曲家に愛されました。

これらとほぼ並行して、1700年頃にJ.S.バッハの5歳年下であるバルトロメオ・クリストフォリ(1655-1731)によって最初の「ピアノ」が発明されました(ですから、今年2010年は、ピアノ誕生310周年です)。クリストフォリはイタリアのパドヴァに生まれ、1687年にトスカーナ大公の長男フェルディナント王子がクリストフォリの楽器を大変気に入り、以後40年にわたってメディチ家の楽器管理を任されることになります。こうしてクリストフォリは豊かな創意工夫の才能を存分に発揮できることになり、そのなかで最も卓越した楽器が、この最初の「ピアノ」、つまり「グラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」という楽器です。

この楽器には「エスケープメント」という、ハンマーが弦を打った直後にハンマーを弦から離して、弦の振動を妨げないようにするための機構が既に備えられていたほか、「シフト」機構の原型も備えられていたのです。この楽器は、鍵盤を押す力によってハンマーが弦をたたく強さを変化させて音の強弱を出すことができるのです。

ピアノとチェンバロ。このふたつの楽器は、発音機構という楽器の「心臓部分」がまったく違なり、この二つが分かれた地点も中世の初期に遡ることができます。とはいえ、人の耳が楽器の音色の美しさを追い求めた結果、音量の拡大にかかる部分は同じ構造を備えることとなりました。結果として、クリストフォリのピアノにはチェンバロで培われた技術が少なからず投入されており、どちらかが劣っていたために衰退したのではなく、人の美意識の変化が楽器の音色の変更を促し、新たな楽器が発明され、改良されていったということなのです。それが図らずもバロック音楽から古典派音楽への転換点ともなり、人の好みが、音楽の形式的な美しさから、叙情的な美しさへとシフトしていく時期とも重なったのです。

20世紀に入り、バロック音楽の復興とともにチェンバロが見直され、1990年代からは「古楽」と呼ばれる「作曲家が生きていた時代に製作・演奏された楽器を復元・コピーして演奏に使用する」運動が盛んになって、再び脚光を浴びるようになっています。価値観が多様化する現代、「音色の美しさ」も様ざまに多様化し、聴く人それぞれが好みの音色を自分で選択できる時代となりました。

現代のグランドピアノと、資料から復元されたチェンバロ。チェンバロこそがバロック音楽の担い手であったことは動かしがたい事実ですが、現代のピアノからもバロック音楽に対する不断のアプローチがなされてきており、それが積み重なった現在では、チェンバロとは一味違う、ピアノによるバッハ・スカルラッティというジャンルが確立し、その気になれば両者を比較してお聴きになることもできるのです。 どちらが好きかは、お聴きになる方次第。どちらも大切な音楽の担い手なのですから。

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