【10,000字インタビュー】パーヴォ・ヤルヴィ氏に聞く/下

2015.9.28

2015年9月、世界のクラシック音楽界を牽引する指揮者 パーヴォ・ヤルヴィさんがNHK交響楽団の首席指揮者に就任しました。10月17日(日)、いわきアリオスで開催されている東北で唯一の「定期演奏会」には、そのパーヴォ・ヤルヴィさんをお迎えします。公演に先駆け8/26(金)発行の広報紙「アリオスペーパー vol.44」に掲載するため、音楽評論家の山田治生さんの取材によるインタビューを敢行。広報紙では載せきれなかったNHK交響楽団とのパートナーシップやプログラムの魅力、師匠レナード・バーンスタイン氏とのエピソード、いわきの皆さまに向けたメッセージ等をお聞きした、その全文を3回にわたってご紹介します。最終回は、クラシック音楽の今後やご自身の音楽とのかかわり等、ざっくばらんにお聞きしたインタビューをどうぞ。

<前回のインタビュー記事>
【10,000字インタビュー】パーヴォ・ヤルヴィ氏に聞く/上
【10,000字インタビュー】パーヴォ・ヤルヴィ氏に聞く/中

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パーヴォ・ヤルヴィさんと大野和士さんのインタビューが掲載された「アリオスペーパー vol.44」
こちらからダウンロードして読むこともできます。



取材・文:山田治生(音楽評論家)
写真:鈴木穣蔵
取材日:2015年2月11日(水・祝)
取材場所:洗足学園音楽大学 地内


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個人的に、レナード・バーンスタイン(1918-1990/指揮者・作曲家/代表作は《ウエスト・サイド・ストーリー》。晩年には世界の若い演奏家を育成するための教育音楽祭「パシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)」を創設した)にとても興味を持っていて、ヤルヴィさんがバーンスタインに師事されたと伺ったので、どんな風だったか教えていただけますか。

「ロサンジェルスでの夏の音楽祭で、とても短い期間でしたが彼に師事しました。それは、相対的にいえば短い時間でしたが、私のすべてを変えてしまいました。私にとって彼はものすごくカリスマ的な人でしたから。彼が部屋にいるだけで、すべてが変わりました。もちろん、彼が指揮しているときも興味深かったのですが。彼は自身を忘れ、彼でなくなり、音楽の一部となりました。彼は博識で、コミュニケーション能力にも長けていました。彼の望むことは、彼を見さえすれば理解できました。彼はすべてを説明する必要はなかった。ただ恐ろしいほどの才能ある人物でした。バーンスタインを見ると、この世界のすべての人が平等というわけではないと気づくでしょう。いくらかの人々は、神様から人より多くの才能をもらっているのです。彼はただ、より多くの才能を、より多くの能力を、より多くの想像力を、より多くのコミュニケーション力を、より多くの好奇心を持っていました。すべてにおいて、人よりも多く持っていました。ただそこに座って『なんてこった! 彼はまさに特別なんだ!』と思うだけで、とても感動的でした。普通では会うことのできない人でしたね」

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レナード・バーンスタイン氏(photo by 堀田正矩)

バーンスタインは自分とは違ったタイプの指揮者だと思いましたか? それとも彼のようになりたいと思いましたか?
「若い頃に私が考えていたことですか? 私は指揮者の家庭に育ちました。私の父(日本フィルの客員首席指揮者を務めるネーメ・ヤルヴィ氏)は、私が物心ついた時には、すでに指揮者でした。だからバーンスタインと会ったとき、私はバーンスタインになりたいとは思わなかったし、彼を好きだとも思わなかった。でも、バーンスタインは、もっと多くのことを知る必要があることを、私に気づかせてくれました。私も音楽に対して狂信的になるしかない。彼の人格や彼の存在には人を引き付ける磁力があり、人々はエネルギーをもらいました。今でもそのときのことを考えると、私はエネルギーを感じます。今からもう30年も前のことなんですが。でも不可能だとわかっていたから、私は彼のようになりたいと思ったことはありません。彼の多くの生徒たちが彼を真似し、彼のようになろうとし始めましたが、人は他人にはなれません。人は、他の誰かから学ぶことはできても、自分自身でいられるだけだし、自分に知識を注ぎ込むことしかできない。レニー(バーンスタインの愛称)のように指揮がしたいという人はたくさんいました。でもそれは正しいことのようには見えなかったし、正しいとは感じられませんでした。彼本人ではないのですから。バーンスタインだけがバーンスタインでいられるのです」

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ヤルヴィさんは、若い頃、ロックバンドでドラムスを叩いていたときいています。ロックとクラシックとの違いをどのようにお考えですか?

「基本的に、最高のポップスであれ、最高のロックであれ、最高のラップであれ、純粋に多くの人々を楽しませるために、かなりシンプルなものになっています。その目的は、聴き手の気晴らしであり、楽しむことであり、気持ちよくなることであり、気分をより落ち込ませることでさえあったりします。ラヴ・ソングは、ある程度、聴き手の魂に触れることが必要ですが、基本的には、できる限り数多くの大衆に届き、彼らを楽しませているのです。スタジアムに集まる3万人や5万人のようなものすごく大きな聴衆に理解されるためには、複雑で、微妙で、知的で、挑戦的な音楽を演奏することはできません。そのようには作られていないので。5万人の聴衆を2時間楽しませ、家に帰れば、彼らにCDを買わせなければなりません。それはすべてお金のためです。しかし、そうすることはとてもたいへんです。ロック音楽産業の人々はものすごく働いています。とても難しい課題に取り組んでいるのです。
ポップスやロックとクラシックとの違いは、アートとしての形式の違いにあります。クラシック音楽の主な目的は、聴き手に考えさせ、不快にさせ、再考させ、快適な場所から追い出すこと。それが芸術の理想なのです。ストランヴィンスキー、ヴァレーズ、ラヴェル、ドビュッシーは、みんな何か新しいことに挑戦し、新しさを見つけ、新しい世界を創造しました。シェーンベルクやマーラーも同じです。彼らは全員を楽しませるためやより多くの聴衆を獲得するための一つの形式にしがみついたりはしませんでした。彼らは何か新しいものを発見しようと挑んでいました。それが芸術です。芸術の本質とは、下方に隠れているものに目を向け、別の言説を見つけることです。大人数の大衆に訴えかけることは不可能です。クラシック音楽という形式はビールを手に『イェイ! 楽しませてくれ』と叫ぶような大きな群集のために作られたものではなく、その内側を理解することに好奇心を持つ人々のために作られました。それが私にとっての、クラシック音楽とポピュラー音楽の違いです」

芸術は現実の人生のようですね。楽しむだけではない。

「まさにそうです」

N響のために来日されると、日本に3週間という長期間滞在されることになりますが、何が楽しみですか?
「私はまったく日本のすべてのものを愛していますから、日本に滞在するのはとても楽なんですよ。日本食を食べられるだけで、居心地が良いのです。日本の文化に魅了されていますし、そういう自分を楽しんでいます。そうするといろいろなことが理解できます。私にとって、不快と感じることはなく、逆に、快適だと感じているし、これだけ長いこと日本にいると、会いたくなる友人もたくさんできました。東京にいて特に面白いといえば、私が東京にいるとき、いつも多くの音楽家たちが日本ツアーをしていることですね。前回日本に滞在したときは、5日間のオフがあったのですが、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、バーミンガム市交響楽団が日本に来ていて、私はそれらすべてのオーケストラのコンサートに行きました。そして、それらのオーケストラのヨーロッパでも会っていなかった多くの友人たちに会うことができました。東京では興味深い偶然がありますね」

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ネーメ・ヤルヴィさん(photo by 堀田正矩)

お父様(ネーメ・ヤルヴィさん)にも日本で会われたのですよね。
「はい、なかなか会えない父にも会いました」

日本ではどこが好きですか?
「特別な理由があり、私が故郷に帰ってきたような気持ちになるところを一つあげるとすれば、それは横浜です。横浜は、私たち(ドイツ・カンマーフィルと)が最初にベートーヴェン・ツィクルスを演奏した街ですから。故郷のエストニアは海に囲まれ、私は水辺で育ったので、横浜には海があり、心が解放されるので、故郷に帰ってきたように感じるのでしょう。私は、仙台や大阪などにも行き、若い頃、そこのオーケストラに客演したものです。今は東京での滞在をとても快適に思っていますし、私がとてもチャーミングだと思う小さな街も好きなのですよ」

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音楽一家のヤルヴィ家。日本ツアー中に撮影されたこの写真に写っている方は、父のネーメ・ヤルヴィさん(指揮者)と、現在指指揮者として活躍中の弟クリスチャン・ヤルヴィさん。妹のマーリカ・ヤルヴィさんはフルート奏者。(photo by 堀田正矩)

ヤルヴィさんの生まれた国・エストニアについて教えていただけますか?
「エストニアは面白いところです。東京よりも人口が少なく、150万人ほどしかいませんが、とても音楽的な国で、みんなが歌い、とても強力な歌の伝統があります。4年ごとに非常に有名な歌の祭典もあります。また、IT産業も有名です。いいかえれば、エストニアでは、すべてのインターネット関連の新しいビジネスが盛んなのです。国土は狭く、自然の資源にも恵まれていません。だからウェブ・ビジネスのような様々な知的産業が盛んなのです。音楽で言えば、エストニアにはアルヴォ・ペルト、ヴェリヨ・トルミス、エリッキ=スヴェン・トゥール、エデゥアルド・トゥビンらの作曲家がいます。数多くの指揮者がいる一方で、把瑠都(ばると)のような関取もいますね。

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把瑠都関

美女やスーパーモデルでも知られ、それは大きな産業となっています。世界的に認知され、長い間大使の役割を果たしてきたのは、音楽家です。作曲家や指揮者など、数多くの音楽大使がこの国から輩出されています。もちろん、私の父もです。エストニアはいつも政治的危険地域でした。海に囲まれ地理的に重要な領土を、ロシアも、スウェーデンも、デンマークも、またドイツは基地を建設するために、手に入れたいと思っていました。エストニアは自然の美しい国です。夏は短いけれど美しい。Skype(スカイプ)とHotmail(ホットメール)がエストニアで生まれたように、IT&ウェブなどインターネットの技術が非常に高いのです」

幼い頃の夢は何でしたか?
「子どもの頃の夢はもちろん指揮者になることでした。父が指揮者でしたから。父は前向きでカリスマ性があり、ああいう人になりたいと思っていましたね」

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ありがとうございました。またお会いできることを楽しみにしております。


リハーサル後にもかかわらず、積極的にインタビューに応じてくださったパーヴォ・ヤルヴィさん。音楽に対する深い愛情が伝わる内容になりました。そのパーヴォ・ヤルヴィさんが絶大の信頼をおくN響の楽員さん、そしてソリストのトルルス・モルクさんとつくりあげる「第5回 NHK交響楽団 いわき定期演奏会」、どうぞお聴き逃しなく!

■パーヴォ・ヤルヴィさんが登壇! 「第5回 NHK交響楽団 いわき定期演奏会」情報
 〔日時〕2015年10月17日(土)15:00開演(14:15開場)
 〔会場〕いわきアリオス 本館2階 大ホール
 〔出演〕パーヴォ・ヤルヴィ(指揮)、NHK交響楽団(管弦楽)
 〔ソリスト〕トルルス・モルク(チェロ)、佐々木亮(ヴィオラ/NHK交響楽団 首席ヴィオラ奏者)
 「第5回 NHK交響楽団 いわき定期演奏会」公演ページ
[WRITTEN BY]山田治生(音楽評論家)

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