【事業レポート】武久源造/J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲の夕べ
~アリオス所蔵の16フィート弦付きジャーマン・チェンバロによる初録音CD発売記念~

2016.2.7

【事業データ】
タイトル:武久源造/J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲の夕べ
日時:2016年1月13日(水)19:00開演
会場:いわき芸術文化交流館アリオス 別館1階 音楽小ホール
出演:武久源造/チェンバロ、ポジティフオルガン、山川節子/チェンバロ*
   いわき室内合奏団/弦楽アンサンブル**
プログラム:J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲
              14のカノン*
      J.パッヘルベル:カノン **
      G.ヘンデル:オルガン協奏曲第13番「カッコウとナイチンゲール」 第1、2楽章 * **
文:足立優司(企画制作課)

2016年1月13日(水)、「武久源造/J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲の夕べ」公演を開催しました。これは、国内外で活躍するチェンバロ奏者・武久源造さんが、2014年8月と2015年10月、アリオスの所蔵する、日本に2台しかない(ホール所蔵では唯一)の“16フィート弦付ジャーマン・チェンバロを用いて、新しいCD「ゴルトベルク変奏曲 BWV988」のレコーディングを行い、その新CDが2/7(日)に全国で発売されるのを記念したコンサートです。
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武久さんと16フィート弦付チェンバロとの出会いは、震災後、ようやく1年を経ようかという2012年3月のことでした。日本のホールではアリオスにしかないこのチェンバロの様子を見に、そしてスタッフを元気付けようと、仲間たちと車に乗り合わせて、ワイワイとやってきてくださったのです。私は前職の三鷹・風のホール勤務時代、そして教会音楽でのトランペットの演奏に関しても、武久さんには古くからご指導・お付き合いをいただいていましたので、あの時の武久さんの来訪に、どれほど元気付けられたことか……。武久さんが弾くと、震災以来ずっと楽器庫の中で眠っていた16フィート弦付チェンバロは、見る見るうちに見事な響きを取り戻していきました。その響きと、その夜武久さんたちと語り明かした、バッハ自身のチェンバロに関して、そしてそれによって生み出された音楽についての話が忘れられなかった私は、翌2013年3月、恒例のカスケード交流コンサートへの出演をお願いしに、武久さんのアトリエに伺いました。そして二つ返事でご快諾いただいたのです。

その際に武久さんは、「ぜひとも、いわきで頑張っている弦楽器奏者・愛好家の人たちと共演したい」と仰り、それを実現すべく動いたところから、その年の12月に「カスケード交流コンサート」と、現在のいわき室内合奏団の前身となる弦楽アンサンブルとの協演が実現したのでした。それ以来、武久さんはアリオスの16フィート弦付チェンバロを大変気に入ってくださり、今回「ゴルトベルク変奏曲」のCDが完成することになったのです。

このチェンバロは2段鍵盤で、上鍵盤にフロント8フィート、下鍵盤には4フィート、バック8フィート、16フィートという、4つの弦列(レジスター)が備えられています。8フィートのレジスターがチェンバロの基準の音の高さで、4フィート弦は1オクターヴ高く、16フィート弦は1オクターヴ低い音が出ます。フロントとバックの2種類の8フィートは、爪(プレクトラム)が弦を弾く位置が手前(フロント)か奥(バック)かが違い、さらに武久さんのアイデアによってプレクトラムの形状も変えてあるため、音色や響きに違いがあります。また上鍵盤にはバフ・ストップという、小さな皮片(バフ)を軽く弦に触れさせることにより、リュートに近い音色を得るための機構が備えられています。新CDでは、これら4種類のレジスター、5種類の音色が多彩に組み合わされています。
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様々な音色に変えるため、変奏の間に操作をする武久さん

このCDには、併せてJ.S.バッハの「14のカノン」も収録。このカノンは何と6声で書かれており、演奏に当たってはアリオス所蔵のほかの2台、1段鍵盤ジャーマン・チェンバロと、ポジティフ・オルガンも使用されました。武久さんが16フィート弦付チェンバロとオルガン(時には左手でチェンバロ、右手でオルガンを演奏するということも)、古典鍵盤楽器奏者の山川節子さんが1段鍵盤チェンバロを演奏しています。まさに、アリオスにこの3台が所蔵されていたからこそ、武久さんの計り知れない創造性による、豊かなアイデアとのマッチングで実現したスペシャルトラックです。

ところで、ヨハン・ニコラウス・フォルケルによる『バッハ評伝』(1802年)には、「…この変奏曲の印刷本にはいくつかの重大な誤りが見られ、作者は私蔵保存本においてそれらを注意深く訂正した」と記されているのですが、その訂正が記された楽譜が、1974年にストラスブールで発見されました。ほとんどの訂正箇所は赤インクで記され、加えて速度や様式、装飾記号の書き込みも行われており、「ゴルトベルク変奏曲」の自筆譜が失われている現在、バッハ生前の意図を私たちが知る唯一最大の手がかりとなっています。その私蔵保存本の巻末、未使用のページに、丁寧に書き込まれているのが、この「14のカノン BWV1087」です。

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武久さんは(私も)、この「14のカノン」が、バッハの新たな創造性の地平を見据えたもの、と考えています。「ゴルトベルク変奏曲」は冒頭に、サラバンド形式で書かれた可憐で美しい<アリア>が置かれています。これは「アンナ・マグダレーナの音楽帳」とも呼ばれるクラヴィーア小曲集の第2巻(1725年)に、彼女がバッハの自筆譜から書き写したとされている旋律です。バッハは「変奏曲」という形式を採用していますが、変奏されているのは旋律ではなくベース音(基礎音)のため、このアリアに関連する旋律はその後のすべての変奏曲で聴くことができません。
全曲は30の変奏曲と、冒頭と最後に同じアリアが置かれ、32曲からなっています。そのちょうど真ん中、第15変奏は初めて短調でかかれ、次の第16変奏には<序曲>と記されているため、この場所で全曲を2分していると考えることがでますが、前半はあえて古い形式・比較的シンプルな技法で書かれ、後半には新しい形式・縦横無尽に動き回る旋律、難度の高い技法がちりばめられています。
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最後(第30変奏)に置かれた「クォドリベット」は、「ご自由に」という意味のラテン語で、二つ以上の異なる歌謡を同時に歌い合わせる、という遊びに端を発した形式です。ここには、バッハの頃の2つの流行歌の旋律、ひとつは「久しぶりだねぇ、さあおいで」という意味の歌、もうひとつは「キャベツとカブが私を追い出した」という意味の歌が使われています。これも意味深長で、キリストの受難と再臨にかけたもの、とも、バッハ自身が、時代遅れと非難されたことに対しての反駁としてこの作品を仕上げたため、とも言われています。そのクォドリベットの後、再び冒頭のアリアが回帰するのですが、その様は、長い旅を終えて、我が家に帰るかのようだ、とも例えられます。
愛すべきアリアの旋律が、バッハの限りない創造性が生み出した、30曲もの変奏(キャベツやカブの数々)に追い出されて久しく帰ってこず、やっと久しぶりに戻ってきた、ということでもあります。武久さんは、この最後のアリアを16フィートレジスターの単独使用で、静かに演奏します。長い旅を経験すれば、人は誰しも必ずや大きく成長し、変わっていくものです。このアリアも、同じはず。これまで私たちが経験できなかったような数多くの音色の組み合わせや幅広い表現によって、30種類もの新しい音楽(経験)を楽しんだお客様と、アリアが再び相見えるとき、その旋律は果たして皆さまにどのように響くでしょうか。

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そして、新たな世界を目指すためには、ひとつの所に留まっていることはできない。即ちバッハは、このゴルトベルク変奏曲の先を見据えた新たな試みを始めていたのです。バッハ自身が新たな地平を目指すことと、ゴルトベルク変奏曲の最後のアリアの後に続けて「14のカノン」が丁寧に書き込まれたことに、武久さんは(私も)深い意味を感じてしまうのです。14はバッハの名前の数(bach=2+1+3+8=14)と言われており、バッハ自身が1747年6月に音楽学術交流協会に入会した時の会員番号も14番でした。バッハの秘かな意図に思いを馳せ、「ゴルトベルク変奏曲」と「14のカノン」を連続して聴くことで見えてくる新しい地平を、ぜひお楽しみいただきたいと思います。


コンサートでは、この「14のカノン」の実演で、14番目のカノンまで演奏した後に13番目のカノンをリピートしました。その時に、舞台袖からいわき室内合奏団のヴァイオリン・メンバーが登場し、このカノンの上から3声を演奏しました。
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これは武久さんのアイデア。バッハにはたくさんの子どもがおり、みんなでファミリー演奏会を度々催したであろうから、ご来場のお客様にも“バッハ家の音楽会”を楽しんでもらおう、という趣向でした。たくさんの「バッハのこどもたち(笑)」が舞台に広がってヴァイオリンを弾く様子も楽しく、お客様に大変喜んでいただくことができました。そしてこの13番目のカノンこそ、有名なバッハの肖像画で彼が手にしている楽譜に書かれたもの(3声に改定したもので、BWV1076の番号が既に与えられていました)なのです。
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それは、先述の音楽学術交流協会への入会に際してバッハが提出した曲です。つまり、その時点での最高傑作と自負していた作品だったのかもしれないのです。

さて、ゴルトベルク変奏曲には、変奏曲の3つごとに9曲のカノンが置かれています(第3,6,9,12,15,18,21,24,27変奏)そのうちの8つは、変奏の素材となるベース音の上に、同度から順に8度まで離れて行くように3声で書かれています。最後の9度カノンはベース音そのものを追いかける2声のカノンです。そしてその後に14のカノンが置かれようとしていました。
今回のコンサートの隠れテーマのひとつは、このカノンということができるでしょう。そこで、コンサートにご来場のお客様にだけ特別に(!)、有名なJ.パッヘルベル「カノン」を演奏。武久さんが毎月のように来ていただき、いわき室内合奏団を指導してくださった賜物ともいうべき演奏です。
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パッヘルベルはいまや、この曲だけで現代に名前を留めていますが、実は中期バロックを代表するオルガン奏者/作曲家でした。南ドイツを中心に活躍し、バッハの父ヨーハン・アンブロジウスとも親交深く、アンブロジウスの何人かの子どもに音楽を教えていました。特にバッハの長兄ヨーハン・クリストフは良い生徒であったようです。1694年、クリストフの結婚式に出席した折に、当時9歳だったバッハとも出会っていたといわれていますが、アンブロジウスが早くに亡くなった後、バッハは長兄クリストフに育てられ、音楽教育も受けていますので、バッハはいわばパッヘルベルの孫弟子であり、かの才能を育てたクリストフ、それを育んだ源流が、パッヘルベルであったといっても過言ではありません。バッハ自身の重要なジャンルであったコラール前奏曲とフーガのジャンルで、その様式の完成に最も貢献した音楽家という評価がなされています。
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武久さんといわき室内合奏団の演奏は、武久さんのチェンバロ演奏がスリリングな即興演奏を繰り出し、あたかもチェンバロと弦楽の合奏曲のようなわくわくする楽しさにあふれていました。

そしてアンコールには、バッハと同い年(1685年生まれ)のヘンデルが作曲した、オルガン協奏曲第13番「カッコウとナイチンゲール」の1、2楽章。
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テレビ番組で使われておなじみのこの2楽章は、カッコウと夜鳴きウグイス(ナイチンゲール)の鳴き声の描写が使われ、ベートーヴェンの田園を経てシューマンの「ライン」へと続く自然描写音楽の伝統(源流はルネッサンス時代に遡ります)を思わせる楽しい音楽です。
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このコンサートに合わせ特別に、コンサート会場での先行販売を行ったCD「武久源造/J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲」。50枚をご用意しましたがすべて完売、終演後のサイン会には長い列が!
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2/7(日)からは全国に発売されますので、ぜひお家に帰っても武久さんの奏でる16フィート弦付きジャーマンチェンバロのバッハの響きを、堪能してください!

■CD情報
「J.S.バッハ ゴルトベルク変奏曲」いわき芸術文化交流館アリオス所蔵16フィート弦付きチェンバロによる
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〔収録曲〕J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲、14のカノン
〔演奏〕武久源造/チェンバロ&ポジティフオルガン 山川節子/チェンバロ
〔製造・発売元〕ALM RECORDS(コジマ録音)
〔価格〕2,800円+税
〔商品番号〕ALCD-1156
所蔵楽器 16フィート弦付きジャーマンチェンバロ収録のCD発売のお知らせ

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