【公演レポート】「アリオス大衆芸能審議会 ~話芸の愉しみ~ 第一回 東京漫才編」

2016.2.7

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2月6日(土)にいわきアリオス中劇場で開催した「アリオス大衆芸能審議会 ~ 話芸の愉しみ~」。いささか仰々しいこのタイトルに興味津々な皆さまに大勢ご来場いただき、無事に「第一回 東京漫才編」は終了となりました。どうもありがとうございました。で、審議会って何やったの? という方のために、今回はアリオスのオープン前から当館の事業を追いかけてくださっているフリージャーナリストの柿沼美佳さんに、公演の模様を詳しくレポートしていただきます。次回は必見ですよ!(編集部)


「アリオス大衆芸能審議会 ~ 話芸の愉しみ~ 第一回 東京漫才編」
文:柿沼美佳(フリージャーナリスト)
撮影:白土亮次

色物、という言葉がある。東京の場合、寄席の番組(プログラム)は落語を中心に構成されているが、落語以外の演芸を色物と呼ぶ(関西ではその反対)。出演者名が書かれた”めくり”が、落語は黒文字、それ以外は朱色、つまり色のついた文字で表記されたことが由来だという。
これで言えば、漫才は色物、ということになる。そういえば、学生時代に「いろもん」という深夜番組を気に入って見ていた。思えば、この番組で色物の本当の意味を知った。

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初開催となった、「アリオス大衆芸能審議会」。今回のテーマは”東京の漫才”。そう、”色物”の方々の出演となる。顧問を務めたのは、29年前からいわき市に居を構える、お色気の医事漫談でお馴染みのケーシー高峰師匠。それだけでも、もう十分に面白そうなのがうかがえる。

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幕が開け、ケーシー師匠が1人で出てきた。例の白衣姿。それだけでニヤリとしてしまう。30代の私が申すのも失礼な話だが、出てくるだけで笑いがとれるというのは、それだけすごいことではないか。おなじみのホワイトボードこそなかったけれど、口から語り出されるのはいつもの医事漫談。あえてこの言葉を使うが、エロ医事漫談。独特の間、客いじり、ケーシー節は全開だ。文字にすることがためらわれる下ネタの合間には、本当の医学的な豆知識を織り混ぜてくるから油断ができない。



松尾貴史さんの進行で進んだ審議会。1組目に登場したのは、福島県民にはお馴染みのコンビ母心。ローカル局のテレビ番組、ラジオ放送、CMなどですっかり知られる存在となった。漫才を見る機会も、少しずつ増えているように思う。一昨年には第13回漫才新人大賞を受賞、東京の寄席でも精力的に活動し、あのテレビ番組「笑点」にも出演するなど、将来が嘱望される立派な漫才コンビだ。

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彼らがここ福島で”みちのくボンガーズ”を立ち上げて以来、県民としてテレビを通して活動を拝見していた。何となく、子役が大人になった姿を見て「成長したな」と思うのと、同じ感覚をおぼえた。個人的には、立ち位置向かって左のオカンこと嶋川武秀さんとは同い年なのだけれど。

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歌舞伎をモチーフにしたボケと突っ込みのテンポのよさは絶品。加えて、オカンの日本舞踊の名取らしい、メリハリある所作もさすが。タクシー運転手や医師が歌舞伎役者だったら、と奇妙な設定が面白おかしくなるのも、和装のオカンの足さばきが本物の歌舞伎役者とたがわぬ見事さがが大きく作用している気がする。個人的には久々の母心の漫才だったが、格段に進化している気がした(これもまた失礼なのだが……)。

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続いて登場したのは、ロケット団。このコンビもまた、漫才新人大賞を受賞しており、「お笑いレッドカーペット」で目にしたことのある人も多いかもしれない。東京漫才の未来を担う1組として、これまた嘱望されている2人でもある。時事ネタを織り混ぜた鉄板の四字熟語ネタはさすが。威勢のよさにグイグイと引き付けられたが、これがいわゆる正統派のしゃべくり漫才、というのだろうか。あぁ、まさに色物を楽しんでいる、という気分も高まった。

勢いある2組の漫才が終わり、再びケーシー師匠が舞台に登場。1人の女性が後を追って出てきた。遠目に見て、一瞬誰かと思ったが、ハスキーな声ですぐに合点がいった。あした順子師匠だ。

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年について書くのは如何なものかとも思うが、ケーシー師匠は82歳、順子師匠は84歳。東京演芸界の立派な重鎮、生きた化石(褒め言葉)だ。2人の言葉は、東京演芸界の趨勢そのものであり、含蓄がある。思い出話1つ1つに、驚嘆させられる。

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休憩を挟み、2部の頭はタイトルでもある「審議会」 。といっても、堅苦しいものではない。ケーシー師匠、順子師匠、松尾貴史さんに、パネラーとして漫画家の内田春菊さん、朝日新聞の文化担当の篠崎弘さんが加わり、漫才の歴史的背景を振り返った(字にすると堅いな……)。



スクリーンには、ケーシー師匠の師匠である、夫婦漫才で一世を風靡した大空ヒット・三空ますみコンビを皮切りに、内海桂子・好江、春日三球・照代(照代師匠は本当にお綺麗だったなと惚れ惚れするお写真)、獅子てんや・瀬戸わんやと、昭和を彩ってきた色物の各師匠の写真が映し出され、ケーシー師匠と順子師匠がそれぞれの漫才や思い出を振り返った。

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さらに、ミヤコ蝶々・南都雄二、夢路いとし・喜味こいし、海原お浜・小浜といった、上方漫才を牽引してきた御歴々の写真も登場、篠崎さんの漫才の由来解説も加わり、広く漫才が振り返られた。

ここでケーシー師匠が、「でも、順子師匠とひろし師匠の漫才もすごかったよね」と話を向けると、順子師匠が「そういう話になると、ひろしさん帰ってこいって思うのよ」と答えた。

皆さんご存知のように、順子師匠は”あした順子・ひろし”のコンビで活躍。2人は夫婦ではなく、順子師匠はひろし師匠の弟子だったが、まるでかかあ天下のような構図で繰り広げられる漫才が多くの人の笑いを誘っていた。

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私も大好きな2人だったが、ひろし師匠は昨年11月に鬼籍に入られてしまった。ひろし師匠が膝を痛めて以来、ここ数年テレビで2人が揃った姿も目にしていなかったこともあり、いずれはと覚悟をしていたが、いざ報道に接し、一ファンとしてはとても残念だった。それだけに、順子師匠を案じていたのだが、この一言にはグッと来るものがあった。

そしていよいよ3組目として、順子師匠が漫才を披露。一緒に舞台に立ったのは、昭和のいる・こいるで知られるこいる師匠。のいる師匠が現在療養中のため、順子師匠とも似た境遇で、2人で舞台に立つ機会が増えている。順子師匠がケーシー師匠に言った、「あの人(こいる師匠)のおかげで今の順子がいる」との言葉も染みる。

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個人的に一番の楽しみ?にしていた、最近のトレードマークでもあるポップな跳び箱柄のワンピース(イッセイミヤケの!!)にお召替えした順子師匠。両手を顔の横で小刻みに上下させる、こいる師匠のあの十八番で登場し、早速客席の笑いをかっさらい、持ちネタにする本人の失笑を誘い、それだけで、この場にいれた幸せに浸ってしまった。

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「男はあなたこいる~」とジルバのステップを踏んでこいる師匠に迫る順子師匠、持っているハンカチを頭にのせてフランク永井の「おまえに」を熱唱し、ハンカチをとると調子を崩すこいる師匠、それぞれの鉄板ネタが絶妙に混ざり合う。2人はどこまで、ネタを作り込んでいるのだろうか。大まかに流れを決めて、あとは舞台の上で、それぞれに出たとこ勝負、なのか。長年コンビを組んでいるような丁々発止の掛け合いは、互いの芸歴と持てる力が成せる業なのだろう。ひたすら恐れ入った。

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ふと頭を過ったのが、鉄板ネタの素晴らしさ。ジルバのステップも、小刻みに手を動かしながら話を受け流すことも、2人の持ちネタは何度も目にして、笑わせていただいている。同じものを何度見ても、「またか」と思うことなく腹を抱える。単なる安心感ではない。それが、至芸なのだろうか。

順子師匠が「東京オリンピックまで元気でやるよ」と宣言していた。また年齢のことを言うのは何だが、順子師匠はその時90歳。ぜひとも、跳び箱ワンピースで、元気にジルバのステップを踏む姿を拝みたい。生きた化石(失礼)として、東京の演芸界でまだまだ幅を利かせる重鎮でいてほしい。そう願わずにはいられなかった。

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いつもはテレビなどを通して楽しんでいた漫才、しかも名人芸に触れられただけでなく、漫才の歴史まで知ることができた大衆芸能審議会。テレビやラジオでは体験できない、会場の空気感、舞台の上の空気感を肌で楽しみ、自分もその空気感を作る1人にもなることができ、生で至芸に触れる楽しさは格別だった。次回は落語、という声が聞こえてきたが、ぜひこれを読んだ方々にも、その1人になってほしい。いつもとは違った角度で、話芸を見つめるのも、きっと想像以上に素敵な経験になるはずだ。

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