もじもじ会議へのお誘い
~あるいは文字を書くこと、読むことが好きな人への手紙~

2017.2.2

もじもじ会議河野通和さんを迎えて

文:長野隆人(いわきアリオス 広報グループチーフ)

立ち止まって考えよう。
読むこと。
書くこと。
編むことを。

「もじもじ会議」を始めます。これが初回で最終回かもしれません。文章を書いたり、本を読んだりつくったり、ひとに話を聞いたり、つまり「文字まわり」のあれこれが好きな人にお集まりいただき、ゲストのお話に耳を傾けながら、「ことば」について、また「伝えること」について楽しく考えよう! という会です。いま「会議」と名乗ってしまったことを後悔し始めています。「もじもじ会」、あるいは「集会」でよかったじゃん、と。でもそもそも、なぜ、いわきアリオスがこんなことをやるの? とお思いの方もあるでしょう。長くなりますが、少しだけお時間をいただけますか?

いわきアリオスという場所は、ホールで音楽を聴いたり、劇を観たり、練習したり発表したりするだけではない。老若男女あらゆる方が、人生のいろんな局面でいろんな出会いをし、そこから生活の幅を広げていけるような場所になってほしい。そんな想いもあって、開館三年目の二〇一〇年から、広報紙アリオスペーパーの記事をみんなで一緒につくっていく「アリオスペーパー市民編集部員」の活動を始めました。

舞台に立つことは苦手でも、物を書いたり、また書く人を支えたりすることで、主役になれる場が、ここ(アリオス)にあってもよいではないかと。そしてアリオスで起こる出来事と、いわきというまち、文化の「いま」を記録していくことが、ささやかながら、この土地に生きているひとへの応援歌になったり、新たな出会いを生むきっかけになればと。一期一会ということばがありますが、一号で幾重(いくえ)もの化学変化をもたらしますよう。そんな願いを込めて我々は活動を続けてきました。

実は、アリオスペーパー(アリペ)を読んでいる方は全国各地にいらっしゃいます。特に震災後は、遠くに住みながらも、アリペを読むことで、故郷(いわき)に吹く新しい風を感じてくださる方が多いのです。また市内に住んでいても、アリオスに行くのは「遠い」けれども、地元で起きている文化の風を感じて、さまざまな想像を巡らしているご高齢者もおられます。

物理的な距離はあっても、心の距離を埋めるお手伝いは微力ながらできるかもしれない。できあがった紙は軽いけれど、課せられた役割は意外と重い。その責任を感じながら携わっているアリオスペーパーの“市民”編集部員も、いわき市のみならず、東京や新潟、大阪など、いろんな場所に住んでいます。時に膝を突き合わせ、頻繁にメールをやりとりし、喧嘩もしながら毎号小さな紙面を構成してきました。いつぞやは編集部員の自主合宿もやりました。それから、編集部員のみんなで同じコンサートを聴いて数日内にレポートを書き、いわき出身の音楽ライターの佐藤英輔さんを交えながら感想を言い合う試みも行いました。同じ公演を聴いても、編集部員の感性や生活背景によって、これほどまでに印象が違うのかという新鮮な体験でした。

前置きがずいぶん長くなりました。

いわきアリオスがオープンしてから九年。これを長いと見るか、短いと見るか。しかしこの間、「メディア」のあり方は劇的に変わりました。スマートフォンさえあれば、誰もが片手で高画質の写真や映像を撮ってソーシャルメディアに発信し、世界中のひとに共感の輪を広げることができます。新聞、テレビ、ラジオなど、一昔前は信用の置かれていたメディアが報じる前に、一般人の発した情報がネット上であっという間に拡散し、世論を左右することも日常茶飯事です。発信のプロたちのスタンスも変わらざるをえなくなっているようにも思います。

一方、そうした変化とは無縁の生活を送っておられる方も少なからずおられます。そういう方々を、単に「情報弱者」の一言で切り捨てることはできません。こういう方たちにこそ届けなければならないものがあるからです。

そしてだからこそ、いま、少し立ち止まって、「文章(テキスト)を書くこと」であったり、それを紙に留めたりする行為のあれこれについて、また、「取材」や「編集」、「撮影」あるいは「デザイン」という行為について、改めてみんなで考え、分かち合ってみてはどうかと思ったのです。それは「読む」という営みについて見つめ直すことにもつながるでしょう。、そういうわけで、今回の「もじもじ会議」です。

会議とは言いながらも、眉間にしわを寄せて討論というのは、ナシです。あくまで、和気あいあい、にこにこ、そしてもじもじと語らいながら、なにか発見に満ちた集会になるのが理想です。

ゲストにご登場いただきます。

老舗出版社、新潮社が発行している季刊誌『考える人』。創刊は二〇〇二年。私が大学浪人を始めた頃(一九九五年=阪神淡路大震災とオウム真理教事件が起きた年)からの変わらぬスターで、いつの時代も「自分の頭で考えろ」と説き続ける二大巨頭、橋本治さんと養老孟司さんの、独特な思考の過程が連載で読めた雑誌。また「クラシック音楽」や、「本」にまつわる趣味のよい(センスがいい、とは少し違う)特集やインタビュー記事。油の乗り切った社員カメラマン菅野健児さんの写真をメインに据えた誌面のトーンといい、活字の並びといい……折に触れて愛読してきた雑誌です。

その編集長を二〇一〇年夏から務める河野通和(こうのみちかず)さんが、二〇一二年の夏、いわきアリオスを訪問してくださいました。東日本大震災の当日から一年間の当館の活動をまとめた本『市民と震災といわきアリオスと』(水曜社)を読んで、興味を持ってくださったのです。そのとき受けたインタビューが、いまも強く印象に残っています。目の前で向き合う河野さんの、温かく、まっすぐで、しかし奥には真実を見極めようとする鋭さも秘めた視線。短くも本質を突いてくる質問は、『考える人』に載るインタビューの間合いそのものでした。

私はアリオスの本の第一部を執筆したときに、思い出したくないことを無理やり思い出して記録したところもあり、取材前は正直、話したくないこともありました。しかし河野さんの前では、そのとき思ったことを正直に話すことができたばかりか、思いもよらない感想や意見が、自分の口から出てきたのが不思議でした。やはり、「結論」や「おいしいフレーズ」をあるていど狙って取材に臨んでくる新聞や週刊誌、テレビでなく、取材対象が思考する過程にじっくり付き合いつつ、当初想定したところより遠い(高い)着地点を目指し、かつ新鮮な本音を導き出そうとする……。これぞ総合雑誌の時間が流れている、というインタビューでした。そして僭越ながら、何か共同作業に携わらせていただいているような気もして。月並みな言葉ですが感動しました。

ほどなく、河野編集長が毎週木曜日に発行している『考える人』の無料のメールマガジンで、そのときの取材の模様が文字になり、再び心が熱くなりました。四〇〇字詰めの原稿用紙一五枚ほどの分量のテキストに、アリオスの施設や谷川俊太郎さんの「アリオスに寄せて」の詩の画像も掲載した記事は、私が受けた取材そのものを、そっくり伝えてくださっていました。自分が受けた取材の記事が、「編集」という手が加わりながら「そのまま」形になることがどれだけ難しいことであるかは、文章を書いた人間ならわかるはずです。またメルマガ発行直後に河野さんはメールをくださり、記事を読んだ糸井重里さんの感想を教えてくれました。

そのメルマガは、「webでも考える人」バックナンバーからお読みいただけます。

「考える人」メールマガジン(HTML版)No.503 ハコはこきゅうしている(著者:河野通和)

その後、私もメルマガの登録をし、毎週、河野さんの文章(人柄)に出会うのが楽しみになりました。あるときは『考える人』最新号の編集の裏ばなし。あるときは河野さんが以前働いていた中央公論社(現・中央公論新社)の若手編集者時代から続く、名だたる作家や先輩編集者との伝説的ともいえる交流の数々。膨大な読書量に裏打ちされたブックガイド的記事は、いつもその本が読みたくなります。また、亡くなられた作家の追悼記事における河野さんの送り出し方には、いつでも作家への深い敬愛の情と惜別の情が滲んでいます。河野さんの記事でその方の存在を初めて知ることもあるのですが、そんな私にも彼/彼女を喪ったことの悲しさがこみ上げてくると同時に、その方の活躍をリアルタイムで知ることができなかった自分の不勉強さを強く恥じます。メルマガを読むと、「編集者・河野通和」がいかにしてできあがってきたのかが、様々な断片から浮かび上がってきます。同時に、河野さんがいま何を考えているのか、それをどう雑誌のなかに圧縮させようとしているのか、そして「ことば」に、「時代」に、「人間」にどう向き合おうとしているかが、ある種の覚悟とともに伝わってきます。

この一月二八日には、河野さんの六年あまりに及ぶメルマガの記事三〇〇本以上から三七本を厳選した単行本『言葉はこうして生き残った』が、ミシマ社から発売されました。雑誌媒体の編集界の第一線を走り続けてきた河野さんが、メルマガという電子媒体で発表した文章の数々。それを、出版界に新風を送り込む会社の社主にして、河野さんと親子ほど歳の離れた四〇代の“後輩”編集者・三島邦弘さんがセレクトし一冊の単行本に編みあげる。想像しただけでスリリングです。できあがった本を本屋さんで手に取り、ページをめくった瞬間、メルマガを受信したときとは異なる、「こう来たか!」という静かな波紋が広がりました(当然と言えば当然ですが)。そして寄藤文平さんの手になる装丁が醸し出す本の佇まいは、河野さんご自身の姿とぴったり重なります。新刊書という“総合芸術”を手に取る喜びが詰まった一冊でした。

ぶっちゃけた話、今回の「もじもじ会議」は、そんな河野さんと一緒に時間を過ごすことで何かを感じよう、というのが大きな趣旨です。河野さんの「ライブ」に触れ、様々な体験やエピソードを聞けば、「文章を書く」こと、「編集」すること、「本を読む」ことの楽しさについて、あらゆる角度から刺激を得られるはずです。また、雑誌『考える人』は二〇一六年夏にリニューアルを図りました。誌面や執筆者を一新し、定価を下げながら新たな読者との出会いを目指し、紙とWEBメディアとを連動させながら、新たなコミュニティのあり方を模索しています。そこで「ミスター考える人」河野さんに、ことばや雑誌の未来像や、地方に住む我々にも何かできることはないか、伺っていきたいと思います。集まった皆さんからも本音の質問をしていただく時間もしっかり取りたいし、河野さんからも皆さんに問いかけを発していただこうと考えています。こうしたやりとりを経て、みなさんの明日からの生活を照らす心のおみやげを、ひとつでもふたつでも持ち帰っていただきたいです。

文章を書くことも、本を読むことも、ほんと地味な行為ですよね。速度の差こそあれ、そこに近道はなく、一字一字を連ねたり、読みほどいたりする。それはとても楽しいことでもあり、ときに苦しく孤独なことでもあります。「思考」もまたコピー・アンド・ペイストできる時代ではあります。しかし、自分のことばで誠実に積み上げた「時間」や「想い」の結晶が、いまを生きるひとだけでなく、ひょっとして十年後、百年後を生きるひとへの贈り物になるかもしれないことを、我々は経験上知っています。ほかでもない、見知らぬいにしえのひとからの文字の贈り物に、われわれは励まされ、救われてきたのです。だから、たとえ地味でも不格好でも、自分の心の底から出てきたことばを一字ずつ表現し、ほかのひとから湧き出てきたことばに感応していくのです。

この「もじもじ会議」の旅が最終的にどこに行くのか、また何を目指そうとしているのかは、実のところよくわかりません。しかし、ここに集まった方一人ひとりが、飾ることなく誠実に何かと向かい合い、お互いを認めながら、文字通りもじもじと旅を進めることができれば、これまでにない道が開けてくるのではないかと思います。それはあなたの心のなかにも轍として残るでしょう。

地味に、地道に、しみじみと。言葉の滋味を探る旅。
お時間の許す限り、お付き合いください。

■イベント情報■
もじもじ会議 ゲスト:河野通和(新潮社 季刊誌「考える人」編集長)
〔日時〕2017年2月18日(土) 14:00〜16:00
〔場所〕いわき芸術文化交流館アリオス 本館2階 カンティーネ
〔対象〕読書や物を書くのが好きな人、出版に興味がある人ならどなたでも
    事前に「考える人」か、河野さんのメルマガを読んでいただけると嬉しいです。
    「WEBでも考える人」で検索してください。
〔教材費〕500円 ※当日精算
〔予約開始〕2017年2月4日(土)10:00〜
〔ご予約・お問合せ〕アリオスチケットセンター 0246-22-5800
もじもじ会議 公演詳細

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