【アリオス・アーカイブス2】“炎”の仮設チケットセンター、の巻

2018.3.1


文:長野隆人(広報グループ チーフ)

おかげさまで、いわき芸術文化交流館アリオスは2018(平成30)年4月に、第一次オープンから満10周年を迎えます。
いつも利用してくださっている皆さん、本当にありがとうございます。
ここでは10周年に向けた不定期連載企画として、これまであまり知られていなかったアリオスのあゆみを少し振り返っていきたいと思います。

炎のチケットセンター

2回目は“炎”の即席チケットセンター、の巻。
いわきアリオスで行われる公演のチケットは現在、コンピューターのシステムで一元管理されています。皆さんがWEBで予約されるときも、電話や窓口で予約されるときも、同じシステムから予約をいただいております。もちろん、私たちスタッフがふだんデスクでいじっているシステムも、同じものです。

このシステムが導入されたのは、実は2008年4月のオープン直前でした。
つまり、お客さまが「絶対行きたい」という大物公演が並ぶオープニングシリーズの発売時期には導入が間に合わず、すべてアナログで予約を受付けていたのです。東北最大級、最新の舞台機構を完備、と鳴り物入りでオープンする予定の施設が、平成も20年になったというのに、チケット予約だけは一時期、昭和感漂う方法を採っていました。
オープン前は、本当にいろいろあるのです。

炎のチケットセンター

こちらが、2008年3月1日(土)の「小山実稚恵ピアノ開きコンサート」「音楽小ホールシリーズセット券」発売開始前のアリオスの事務所。デスクをどかして、特設のチケットセンターをこしらえました。すべての公演の座席表を大型プリンターで出力し並べました。

お客さまとしては、待望のホールのオープンニングを飾る公演ですから、少しでもいい席で聴きたいはず。
もう、やる気満々で発売開始時刻の朝10時から電話をかけてこられました。
すさまじい鳴りでした。

炎のチケットセンター

電話を受けたのは、企画制作課とマーケティンググループ(当時)のスタッフ約10名。
受話器をあげたら、お客さまから公演名と希望の席種、枚数を伺います。
それを受付票に書き込み、票券(チケット)担当の佐藤よしのりさんのもとへ。

炎のチケットセンター
(左から佐藤さん、岐阜から着任していた演劇制作担当の福地さん、現在、新潟のりゅーとぴあに移った演劇プロデューサーの今尾さん(イマオP))

すると佐藤さんが、残席から最善の席をどんどん指定し、デスク上の座席表を塗りつぶして受付票を戻します。今はチケットシステムが自動でやってくれること。それを手動でやるわけですが、1席でも間違えると後でとんでもないことになるわけです。そんな重要任務を、佐藤さんが顔色変えず一手に引き受けていました。

炎のチケットセンター
(佐藤さんの後ろに写っているのは企画制作課の矢吹さんと、今は東京都交響楽団に移った舘岡さん)

このひと、半年前まではコンビニの店長さんでした。べつにチケット販売一筋うん十年の大ベテランというわけではないのに、阿修羅のような見事な仕切りっぷりで、仲間ながら「マジすげー!」と感動しました。

当たり前のことですが、オープン前のこの時期は、まだほとんどのお客さまがアリオスの大ホールにも、音楽小ホールにも、足を踏み入れたことはありません。
座席表もまだほとんど出回っていませんでした。
当然、スマホですぐに座席表が確認できるなんてこともありません。
そこで、電話口で、
「大ホールの1階席は全部で27列ございます」
「1階席の12列目は左端の席の番号が6番になっておりますが、間違いなくこちらが左端の席になります」
「客席の前から後ろに伸びる通路は曲がりくねっているので、真ん中のブロックが狭くなっているエリアがございます」
「ピアノを弾く手をご覧になりたい場合、おそらく23番より左の席でしたら……」
「2階席のバルコニーは2列ありまして……」
といった話を、全部1から説明していました。
お客さまにも、そうした情報からホールのなかを想像していただきつつ、予約を進めていただきました。

この日は正午すぎまで電話が鳴りっぱなしで、1階、2階席がきれいに埋まってしまいました(公演当日までには4階席まで埋まりました)。

炎のチケットセンター

応対しているうちに喉も枯れてきましたが、こうして熱意あるお客さまの声を伺いながらチケットを予約させていただく充実感は何物にも代え難いものがありました。
電話を受けたスタッフは、お客さま一人ひとりの声から、いわき市で何十年に1回あるかという施設が開館することへの期待感をひしひしと感じ、それに応えるためにもさらに頑張ってオープニングを迎えようと思ったのでした。

炎のチケットセンター
(予想以上の予約が入り、ちょっと余裕が出てきたところで)

翌週末3月8日(土)は、いわき出身の大指揮者、小林研一郎さんとNHK交響楽団が、いわき市民第九合唱団第九の会合唱団と歌い奏でる「コバケン“炎の第九”コンサート」の予約開始日でした。ホールの開館を記念したメインイベントで、地元の英雄と日本一のオーケストラの組み合わせ、しかも、N響の長い歴史のなかでアマチュア合唱団と共演するのは極めて異例という話題づくめの公演を「聴きたい!!」という方達の熱意は、並々ならぬものがありました。

このチケットは、公平性を期すために前年末から年明けにかけて「いわき市民先行枠」850枚を「往復はがき申込み」で受付けたのですが、予定枚数を4.1倍も上回る3,486席分の応募があったほどです。

炎のチケットセンター

電話予約初日も、早々に売り切れることが予想されたので、即席チケットセンターも、前の週よりさらに増員。総務や施設管理課、はては支配人の大石さんまで加勢した約15人体制で午前10時の予約開始を待ちました。

炎のチケットセンター

この日は、もう電話がつながっただけで「運がよかった」という状態。「希望のお席は?」と聞いている余裕すらありませんでした。その間に、どんどん席がなくなってしまいますから。
結局、予約開始から1時間程度で、用意していた席がすべて売り切れ、そこからあとは夕方近くまで、「チケットがご用意できなかったこと」「電話がつながらなかったこと」について、ひたすらお詫びをしました。

炎のチケットセンター

今でこそ笑い混じりに振り返ることができますが、今同じことが起きたら、市内ではちょっとした炎上騒ぎになっていたかもしれないと思うほどの勢いのお叱りを、たくさん頂戴しました。「“炎の第九”コンサート」が開演前から炎上未遂、あやうく「炎のチケットセンター」になるところだったのです。

炎のチケットセンター

でもスタッフたちの熱意は別の意味でしっかり燃えていたと思います。
いわきアリオスのシンボルマークをつくってくださった石井竜也さんが、広報紙「アリオスペーパーvol.0.7」のインタビューに応えてくださいました。そのとき、「アーティストとして長生きするための秘訣は? 」と質問に対して、こんな話をされました。

マイノリティの意見を無視しない。これはもう絶対! 大事ですね。「そんな、お前、ライブに来た1万人のなかでそう思ったの、たったの10人だろ!」って言っちゃったらおしまいなんです。10人言ったってことは、その10倍はそう思った人がいるって考えた方がいい。大きいですよ、1万人の中で100人が「ダメだな」って思ったっていうのは。その100人が何人に話すと思います? 「いい」と思った人はね、意外と言わないんですよ。嫌なことの方が人にしゃべりやすいの。

石井竜也さん インタビュー全文

「劇場施設の“長生き”の秘訣」にも通じる、この話が今も心に残っています。
そして3月になるとあの仮設の“チケットセンター”で予約を受付けたことを思い出します。

オープンする前に“お客さま”たちを失望させてしまったかもしれないけれど、このあと絶対にその認識を改めてくださるような取組みをして挽回していきたい、という想いが、当時のモチベーションのひとつになっていたと思います。
オープンから10年経った今、そのときの“お客さま”が、アリオスに失望したままでなければいいなと願うばかりです。

炎のチケットセンター
(午後になって、プレイベントの「マイムワークショップ」で講師をつとめるじゅんじゅんさん(左から2人目)が到着。仮設チケットセンターのつくりに驚いていました)

10年ひと昔と言いますが、当時は今のように老若男女がスマートフォンを操作して予約できる時代ではありませんでした。携帯用のサイトを構築しようとしたら、携帯の会社ごとの構築が必要で、びっくりするような予算がかかったので、断念したことがありました。

また、いわき市はとても広いですから、アリオスの窓口で先着順でチケットを販売したら、遠隔地の方に負担をかけるかもしれません。遠くから来館した瞬間に、「完売しました」と申し上げてお帰りいただくことだけは避けたい。(若者向けの「森山直太朗」さんのチケットは大ホールの楽屋エリアに臨時窓口を設け、先着順で手売り販売をしたことがありましたが、やはり徹夜組が出ました)。

市内のインターネット環境も、当時は光通信はおろか、中山間地域にはブロードバンド環境(死語)も行き渡っていない時代でしたので、ネット予約を導入すると、格差がでることは目に見えていました。
そうした状況のなかで、「距離」や「環境」による格差を最小限にし、皆さんに予約のチャンスを提供するとなると、はやり、昔ながらの「往復はがき」や「電話予約」という方法に頼らざるをえなかったと思います。

新しい施設のオープン前は、今では考えられないような苦労がいろいろありました。
そうした課題を、企画、マーケティング、施設管理、総務のスタッフみんなで乗り越えてきたことで、チーム・アリオスとしての一体感が見え始めてきた時期でした。

炎のチケットセンター

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