【さきどりアリオス】いわきアリオス開館10周年記念 小林研一郎指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 in いわき ~ 音楽学芸員・足立優司による曲目解説(5000字)先行掲載!

2018.9.16

小林研一郎 指揮 日本フィル

いわきアリオス開館10周年記念
小林研一郎 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 in いわき
ヴァイオリン = 徳永二男
プログラム・ノート(曲目解説)全文掲載

本番の9月24日(月・休)が1週間先に迫ってまいりました、「いわきアリオス開館10周年記念 小林研一郎 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 in いわき ヴァイオリン=徳永二男」。いわきアリオスのメモリアルな瞬間には欠かすことのできない本市出身の“音の千両役者”小林研一郎さんと、ベスト・パートナー・日本フィルによる入魂の演奏でお届けするロシア・プログラムを味わいつくしていただきたい。ということで、公演当日にお配りするパンフレットのために用意したプログラム・ノート(曲目解説)をここにに一挙掲載します。執筆は、おなじみいわきアリオス音楽学芸員の足立優司。こちらも渾身の5,000文字。じっくりお読みください。(編集部)



♪プログラム
チャイコフスキー
  バレエ組曲《くるみ割り人形》より〈花のワルツ〉
  ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
ムソルグスキー(ラヴェル編曲)
  組曲《展覧会の絵》

文:足立優司(企画制作課 課長補佐 音楽学芸員)

2008年(平成20年)4月20日、いわきアリオスの大ホールはマエストロ小林研一郎さんのタクトによる開館記念公演「コバケン“炎の第九”コンサート」により、文字通り“歓喜”の渦に包まれました。

それから10年、マエストロはいわき市やアリオスの迎える大切な節目に、必ずご登場くださっています。今回は「いわきアリオス開館10周年記念」として、マエストロと長く深い絆で結ばれた日本フィルハーモニー交響楽団の演奏により、総勢100人に迫るフル・オーケストラのサウンドをお楽しみいただきます。さらに今回はわが国を代表するヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリニスト、徳永二男さんも登場。今から46年前の1972年10月、旧・平市民会館における演奏会で若き日のお二人が協演されたのと同じ、チャイコフスキー作曲〈ヴァイオリン協奏曲〉をお聴きいただきます。

♪宿命のライバル

本日のコンサートに登場するのは、19世紀ロシアを代表する二人の巨匠、ピョートル・チャイコフスキー(1840‐93)と、モデスト・ムソルグスキー(1839‐81)です。

ロシアという国は、ヨーロッパの東方に位置しています。18世紀にようやくロシア帝国が樹立され、列強の仲間入りを果たしますが、文化面では19世紀前半までその多くを海外からの輸入に頼り、ロシア人の手によるロシア音楽の登場には、1862年にペテルブルク音楽院が設立されるのを待たなくてはなりませんでした。

奇しくもその時期、1歳違いの二人が音楽への情熱を胸に、しかし別々の道を歩み始めていました。チャイコフスキーはウラル山脈西側にあるヴォトキンスクという街で鉱山技師の次男として生まれ、幼少期から音楽に対する熱意と才能を示していましたが、両親の意向に従って法律学校に学び、卒業後は法務省に任官しています。しかし音楽への情熱が冷めることはなく、ペテルブルクに音楽学校ができたのを知るや否や、仕事を辞めて入学。そして優秀な成績で卒業すると、翌年開校が予定されていたモスクワ音楽院の講師として誘われ、そこを拠点に西欧クラシック音楽の技法とロシア独特の情緒や歌謡性を融合させた作風の確立を目指していきます。

一方、同じ時期に「反西欧、反アカデミズム、反プロフェッショナリズム」を標榜し、ロシアの民族的な音楽素材を前面に押し出した「ロシア五人組」と呼ばれる作曲家たちが台頭していました。中でもひときわ先鋭的にアマチュアリズムと反西欧主義を突き進み、チャイコフスキーに対して激しい対抗意識を燃やしたのがムソルグスキーでした。

ムソルグスキーは、ロシアの北西端プスコフ州の大地主階級に生まれ、6歳から母にピアノの手ほどきを受けて、瞬く間に上達。10歳でペテルブルクのエリート養成学校に入学し、13歳で士官候補生となりますが、その間も音楽に親しみ、1858年の退役後には、独学ながら本格的に音楽の勉強を始めています。しかしやがて実家が没落し、彼はペテルブルクで下級官吏として生計を立てなくてはならなくなりました。1865年に母を亡くしたことをきっかけにアルコール依存の兆しが現れますが、それでも67年には「五人組」が旗揚げされ、その一員として華々しく活動します。彼は民衆の現実生活に根差したリアルな音楽表現を押し通そうとしますが、それは多くの場合、粗野で未熟なものとして批判の対象となりました。

♪チャイコフスキー/バレエ組曲《くるみ割り人形》より〈花のワルツ〉

さて、チャイコフスキーは幅広いジャンルに傑作を遺した作曲家でしたが、特にバレエでは、ちょうど「クラシック・バレエ」が確立しつつあった1876年にモスクワのボリショイ・バレエ団から依頼された《白鳥の湖》が、現在でも最も有名な作品となっています。この時彼も、バレエという新しいジャンルに可能性を感じて精力的に作曲を進めるのですが、その音楽は「踊るための」バレエに対して内容的に深過ぎ、また構成や技巧的には高度過ぎるものでした。その後、オペラや様々な作品の作曲を経て、彼はロシア的で自由な旋律美をふんだんに盛り込みながらも楽曲の様式美を自在に操れるようになり、ペテルブルクのマリインスキー劇場から依頼されて13年ぶりに手掛けたバレエ《眠れる森の美女》が大成功を収めました。それに続けて同じくマリインスキー劇場から依頼され、92年12月に初演されたのが《くるみ割り人形》です。

物語は、少女クララがドロッセルマイヤー叔父さんから不思議なくるみ割り人形をクリスマスのプレゼントにもらうところから始まります。そのくるみ割り人形は、実はねずみの呪いによって人形にされた、おとぎの国の王子だったのです。真夜中、ねずみの大軍がくるみ割り人形を狙って押し寄せますが、クララのとっさの機転で撃退することができ、クララは元の姿に戻った王子とともにおとぎの国へと旅立ちます。王子を救ってくれたクララを歓迎し、いろいろなお菓子の精たちが楽しい踊りを披露し、その後皆で手に手を取って踊る場面で演奏されるのが、この〈花のワルツ〉。ハープの流れるようなメロディが印象的な序奏に続き、ホルンのあたたかな音色に導かれた三拍子の踊り「ワルツ」が華やかに繰り広げられます。

♪チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35

続いては時間の針を15年ほど戻した、チャイコフスキー 38 歳の 1878 年。彼はスイスのクラランという街で、衰弱した精神を癒していました。彼にとってこの3年間は、人生を変えてしまう激動の時期だったのです。まずは1876年、大富豪の未亡人でチャイコフスキーの大ファンであったフォン・メック夫人から多額の資金援助の申し出を受け、仕事を辞めて作曲に専念しつつ、自由に海外に行くこともできるようになりました。しかし翌77年には、教え子と名乗る若い女性からの強引な求婚を、渋々ながら承諾し、すぐに耐えられなくなって自殺未遂を起こしてしまいます。そんな彼を兄弟や関係者は海外へと脱出させたのでした。そして風光明媚なこの地で、彼は今日代表作に数えられる作品――〈交響曲第4番〉、〈歌劇「エフゲニー・オネーギン」〉など――を次々と完成させました。

そのような中、彼は親しい友人のヴァイオリニスト、ヨシフ・コーテク(1855‐85)が持参した楽譜の中に、3年前にフランスのエドゥアール・ラロ(1823‐92)が作曲した「スペイン交響曲」を見つけ、それに触発されて新たな〈ヴァイオリン協奏曲〉の作曲に取りかかります。しかし、当時ロシア随一といわれたヴァイオリンの大家レオポルド・アウアー(1845‐1930)には、演奏不可能として初演を拒否されてしまいました。その経緯は3年前に作曲した〈ピアノ協奏曲第1番〉が、友人であり恩人でもある名ピアニスト、ニコライ・ルビンシテイン(1835‐81)に演奏拒否されたことにも似ています。代わって初演を引き受けてくれたのはロシア出身のヴァイオリニストで、当時ドイツで活躍していたアドルフ・ブロツキー(1851‐1929)。ウィーンで大々的に初演が行われましたが、指揮者もオーケストラもこの作品の芸術性を理解できず、演奏は聴衆の野次と批評家の酷評に迎えられることになります。それでもブロツキはこの作品の価値を確信し、ヨーロッパ各地で演奏を続けたため、評価も次第に高まり、アウアーも前言を撤回して自身のレパートリーに加えるなど、現在に至る屈指の人気を獲得していくことになるのです。

曲はのびやかで優雅な曲想から始まり、チャイコフスキーがパリに取材旅行した折に聴き、大ファンとなったビゼー(1838‐75)の代表作〈歌劇「カルメン」〉第4幕で歌われる、主人公ホセによる慟哭のメロディにも似た第一主題が独奏ヴァイオリンで奏でられます。その後やはり独奏によって抒情的で麗しい第二主題が対比的に提示されますが、これら二つの主題には、一度は絶望の淵に落とされながらも、そこから復活しつつある彼の心情が表されているのかもしれません。やがて第一主題がオーケストラ全体で奏されて、激しく盛り上がる展開部に入ります。技巧的、かつ情熱的なカデンツァが聴きどころ。フルートによって第一主題が回帰すると再現部となり、最後は壮大で華麗に楽章を結びます。第2楽章は感傷的な緩徐楽章。哀愁を帯びた主要旋律と、感情豊かな中間旋律が組み合わされています。そして途切れることなく、ロシアの踊り「トレパック」風のリズムによる情熱的な終楽章を迎えます。高度な技巧を求められながらも活気にあふれ、最後は熱狂的な盛り上がりで全曲が閉じられます。

♪ムソルグスキー/組曲《展覧会の絵》

一方ムソルグスキーは1874年、代表作の〈歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」〉をマリインスキー劇場で初演し、聴衆からの大評判を勝ち取りました。しかしこの時期を頂点とし、以降彼の人生は暗転します。そのさきがけは、親友だったヴィクトル・ハルトマン(1834‐73)の夭逝でした。ムソルグスキーは非常に落胆しつつも、74年2月に開催されたハルトマンの遺作展を見て、その中の10枚の絵から受けた印象をもとに、ピアノ独奏のための〈組曲「展覧会の絵」〉を作曲しました。ここにはロシアのみならず、フランスやポーランド、ローマなどの風景も描かれており、それらを〈プロムナード〉と名付けられた同じテーマに基づく5つの挿入曲によって繋いでいます。これは展覧会を見て回るムソルグスキー自身の姿を描写したものといわれ、彼の揺れ動く心情が盛り込まれています。

その後も親しかった人が亡くなったり、彼のもとを去ったりすることが続き、彼は酒浸りの生活を送るようになります。やがてムソルグスキーは職を追われ、アルコール中毒と衰弱による心臓麻痺によってこの世を去ってしまいました。その後「五人組」の盟友ニコライ・リムスキー=コルサコフ(1844-1908)が遺稿の整理に当たり、校訂を加えた上で1888年に出版。ようやくこの曲は世に出ることになりました。この版はリムスキー=コルサコフ版と呼ばれ、原典版とは区別されていますが、フランス人作曲家モーリス・ラヴェル(1875‐1937)によるオーケストラ版は、このリムスキー=コルサコフ版を原本としています。彼は1922年にオーケストラ編曲版を完成、ロシア人指揮者セルゲイ・クーセヴィツキー(1874‐1951)と彼のオーケストラによってパリ・オペラ座で初演され、大成功を収めました。

本作品には、ムソルグスキー独自の作風で大胆で独創的な色彩感覚、特に増四度という、音階の中で最も遠い音どうしを重ねていく技法などが使われており、フランス印象主義や表現主義の音楽など、多方面に大きな影響を及ぼしました。全体は10曲の「絵」とそれを繋ぐ「プロムナード」4曲(原典版にあった第5プロムナードは省略)、「死せる言葉による死者への呼びかけ」の15曲からなっています。

・プロムナード1:ロシア風の5音音階による輝かしいファンファーレと、高まる期待感
1)こびと(ノーム):不気味な叫び声や痙攣しながら歩くこびとの様子
・プロムナード2:雰囲気を変え、思わず笑みがこぼれるようなやわらかな響き
2)古城:サクソフォンによる、ノスタルジー漂う旋律
・プロムナード3:金管群の重厚な響き、意気揚々と次へ
3)テュイルリー庭園:子どもたちの遊ぶ様子
4)ブィドロ(牛車):遠くから重々しく近付いてきて、また去っていく
・プロムナード4:一転して、悲しげな様子
5)殻を付けたひよこの踊り:バレエ用衣裳デザインで、木管楽器による軽やかなスケルツォ
6)サミュエル・ゴールデンベルクとシミュイレ:貧富の差のある二人のユダヤ人による口論
(※原典版ではここに、プロムナード5がある)
7)リモージュの市場:活気にあふれた、農民たちの賑やかな会話
8)カタコンブ(ローマ時代のキリスト者の墓):パイプオルガンのような響き
・死せる言葉による、死者への呼びかけ:プロムナードの変形、前曲から続けて演奏される
9)バーバ・ヤガーの小屋:めんどりの脚が生えた時計小屋に住む、ロシアの伝説的な魔女
10)キエフの大門:ロシア正教会の賛美歌と大聖堂のカリヨンを模した、壮麗な終曲

「オーケストラの魔術師」と呼ばれたラヴェルの管弦楽法の妙技による華麗な色彩感が、ムソルグスキーの骨太かつ大胆に粗削りな音楽を犠牲にすることなく、むしろ相乗効果によって、まれに見る傑作へと生まれ変わらせています。

■公演情報■
いわきアリオス10周年記念
小林研一郎 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 in いわき
ヴァイオリン = 徳永二男

〔日 時〕2018年9月24日(月・休)14:00開演(13:15開場)
〔場 所〕いわき芸術文化交流館アリオス 大ホール
〔料 金〕S席 6,000円、A・車いす席 4,000円 ※学生はS・A席半額
※プラチナ席(限定200席)は完売
※未就学児入場不可
公演&イベントガイド「小林研一郎 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 in いわき ヴァイオリン = 徳永二男」
いわきが誇る「世界のコバケン」&日本フィルによる“開館10周年記念演奏会”。
ゲストにヴァイオリン界の重鎮、徳永二男。
大迫力のオーケストラサウンドをどうぞ。
〔ご予約・お問合せ〕
 アリオスチケットセンター 電話 0246-22-5800(10:00〜20:00 毎週火曜定休)

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